【歩き遍路8日目】別格3番 慈眼寺、14.5km

穴禅定―暗闇の中で心の奥底を見つめる

慈眼寺 本堂
慈眼寺 本堂

20番鶴林寺へ登るお遍路さんたちをお見送りして、反対方向の別格3番霊場・慈眼寺へ。「ふれあいの里さかもと」さんから約5km、丁寧な地図と説明をいただき、迷うことなく到着した。
楽しみにしていたのは「穴禅定あなぜんじょう」。案内してくれるお先達せんだつさんは何となくのイメージで老齢の男性なのかなと思っていたら、少しだけ年上のお姉さんだった。蝋燭の仄かな灯りがゆらめく中、洞窟の最奥に佇むお大師さまの前でふたりきりで語らった時間。それはほんの数分だったのかもしれないが、時空の狭間に落ちたかのように永遠に長く感じられた。

日付2025.04.17(木)
天候晴れ(10℃〜22℃)
行程別格3番 慈眼寺( 26,309歩/14.5km/↑1158m ↓1158m/8h25m )
06:30 朝食
07:50「ふれあいの里さかもと」出発 → 別格3番まで 5km
09:35-13:20 別格3番 慈眼寺(滞在3時間45分、10:45-11:55 穴禅定)   
14:10-14:45 灌頂ヶ滝(滞在35分)
16:15 お宿へ戻る
18:10 夕食
お宿ふれあいの里坂本 【 個室2食付き ¥8,030/7室/15:00〜 】※2025.9.30営業終了  
(4/1 23:50 HPから予約) 
費用食 費 ¥1,320( おにぎり¥200、ジュース¥320、眼蘇生飴 ¥800 )
納経料 ¥ 300
念珠玉 ¥1,000( 女玉¥400、親玉¥600 )
穴禅定 ¥6,100( 基本料¥5,000+人数割¥1,000、蝋燭¥100 )※ 4/7 14:15 tel予約
洗濯代 ¥ 300( 洗濯 ¥150、乾燥 ¥150 )
宿泊費 ¥8,030
合 計 ¥17,050

【慈眼寺への遍路道】
・「ふれあいの里さかもと」(標高150m)から約5km、90分ほど。(慈眼寺標高:大師堂550m、本堂650m)
・トラロープが出てくるほどの急登はないが、とにかくずっと登り続けている。たまに開ける景色は◎
・標識をたくさん掲げてくれているので、行きに迷うことはないと思われる。帰り道では「車道から山道に戻るところ」と「トタン小屋の横道から入るところ」が分かりにくいので、行きにそこで振り返って景色を確認しておくように、とお宿の方からの助言あり。

【慈眼寺:穴禅定あなぜんじょう
・慈眼寺の本堂脇にある鍾乳洞の中を、蝋燭の灯りだけを頼りに通り抜けていく修行。
・案内料5,000円+1人につき1,000円(2025.04 現在)。1週間くらい前までに電話で予約のこと。
・冬季(11月〜3月)は凍結の危険があるため閉鎖される。
・洞窟内の一番狭い幅は25.5cmで、受付時にこの幅の「試しの石」の間を通れないと修行させてもらえない。
・想像する以上に中は狭い(ずっと体が斜め…)。その中で、片手に蝋燭を持った状態でアクロバティック人間知恵の輪みたいな動きをするので、気になっている人は四肢が思い通りに操れるうちに挑戦しておこう!

※穴禅定中の写真は撮っていないので、どんな感じかは検索してみてください

 

 

慈眼寺への遍路道

5時半に目が覚めた。今日は8時頃に出発すればよいので時間に余裕がある。しばらく布団の中でゴロゴロしていたが、そうだ、今のうちに宿泊の予約を進めておこうと思い立ち、チェックしていた3日後のお宿を予約した(4/20 、大砂荘 CAMP and LODGE)。スペインを歩いていた時から宿泊のオンライン予約は専ら Booking.com を使っており、利用実績がありすぎてステータスレベルはもはやMAXである。

朝食を6時半でお願いしていたのでその時間に食堂に下りていくと、鶴林寺組はほぼ食べ終える頃あいだった。お宿の方が道の駅「ひなの里かつうら」の近くにある鶴林寺への登り口まで送ってくれるのだが、その出発が7時なのだ。「へんろ転がし」のサポートとして次の宿への荷物配送も可能らしく、それを利用する人はザックを預ける手続きをしたりと慌ただしい。

ちょうど7時、みんなを乗せてお宿を出発していくバンを玄関まで見送りにいった。別格霊場は八十八箇所のルート上にあってひょいと寄っていけるものと、ぽつんと離れていてたどり着くために別に日を確保しなければならないものとの差が激しい。今日のように一日を別格霊場参拝のために費やす時、何日か顔を合わせて挨拶を交わすようになったお遍路さん達からは日程が遅れていくことになる。計画段階ではやる気満々で行程を組んでいるものの、少し寂しくなる瞬間である。

「ふれあいの里さかもと」を出発
お宿を出発
坂だらけの坂本の集落
集落の間を縫う道は、平らなところがない

7:50、別格3番霊場・慈眼寺に向けて「ふれあいの里さかもと」を出発した。フロントで詳しい歩き遍路地図をもらえたので、それをお守りにする。抜けるような青空のもと、食べ物と雨具と予備バッテリーだけ入ったリュックを背に、足取りも軽い。まずは最初の分岐に向けて緩い坂道をゆっくり登っていく。こうやって歩いてみると「坂本」は物凄く高低差のある集落だ。かつては急峻な坂本峠を越えて運ばれる物資の中継地となり、宿場町のような役割を果たしていたという。この地形を活かして「坂しかないマラソン(さかもと坂道マラソン)」なるものも開催されているそうだ。

お宿を出てほんの5分で最初の分岐が現れた。「散髪屋さんのところで曲がる」と聞いていたので路地でも通っていくのかと思っていたら、いきなり限界いっぱいの傾斜が待ち受けていて度肝を抜かれる。お、おおお…。矢印に従いながら(見慣れたへんろ札があってちょっと安心)コンクリートのつづら折りを登りきって後ろを振り返ってみると、数分前に歩いてきた道が既にはるか下のほうに見えた。

慈眼寺への最初の分岐
慈眼寺への分岐。3ステップであの上までGo!
坂本の集落を見下ろす
さっき通ってきた道が一瞬であんなに下に

フェンスの横を登ったあとは土の道になり、杉と竹が混ざったような林のなか坂道は延々と登り続ける。案内看板を見るに、この道は地元のシンボル「かせ山」への登山道の入口にもなっているようだ。稼勢かせ(鹿背)山の一峰は「横瀬富士」と呼ばれており、麓から望むときれいな三角錐の形をしているらしい。高さは325mほど。

「かせ山」への道と別れてしばらくは舗装路を進む。時々現れる分岐には行きは「慈眼寺」、帰りは「さかもと」への矢印が丁寧に設置されているので、迷う心配はなさそうだ。道中には古いへんろ石や丁石もあり、ここが古来から四国巡拝の道となっていた様子が伺えた。別格二十霊場会は昭和になってから結成されたものだが、慈眼寺には昔から遍路が訪れていたということだろうか。真念さんが『四國邊路道指南みちしるべ』で八十八箇所霊場を定めた時に札所から外れてしまったのだろうか?

遍路道の開始
さっそくいい感じの遍路道に
へんろ石や丁石もある
古いへんろ石や丁石もある
「かせ山」との分岐
「かせ山」との分かれ道

くねくねした細いコンクリート道を進んでいくと、民家が何軒かあった。目の前の斜面はほぼ垂直に落ちていて、下の家の屋根が遠く小さく見える。四国に来てもう何回も思ったことだが、すごいところに住んでる…。ご近所さんを訪ねるだけでも大変そうだ。あと、自宅から車で出かける時に必ずこの細いカーブ道をバックしないといけないと考えるとどきどきする。

民家の軒先を通る
民家の軒先を失礼する
家の前は崖
お向かいさん(?)にはどうやって行くのだろう

家の前を通らせてもらって、その脇からまた山道になった。おへんろでなければ通常は絶対に突入しないような、「人んちの裏」だ。その奥には倒壊しかかっている家や水場の跡のようなもの、年代を感じる石垣などもあり、昔はさらに上の方まで人が住んでいたのだなあ…とまた気が遠くなる。

その後も、山道と民家の前のコンクリート道を縫いながらてくてく登る。先ほど書いた通り分岐には丁寧に行き先が示されているので迷いはしないのだが、たまに「え、そっち…?」と言いたくなるような細道へいざなってくるので、ちょっとした探検気分だ(おへんろ中だから突き進むけど、普段だったら絶対行かない)。

遍路道だと思って入って、人の家に乱入してたらどうしよう
遍路道は右。行き先がまっくら(笑)

養鶏場の横を過ぎたら、起伏に富んだ山道がしばらく続く。人ひとり分の細い道を登ったり下ったり、これぞ遍路道。この山は水が豊富なのか、小さな谷川を越える橋もたくさん架かっていた。深い森の中、午前中にも関わらず薄暗く感じる場面もあったが、手作りの木札や何か(塗料か肥料?)の蓋を再利用した丸い看板、そしてお馴染みのへんろみち保存協会のへんろ札などが随所にあって、心細く感じることはなかった。

石垣の残る道
石垣や生活の痕跡が所々残る
沢を越える橋
沢を越える橋
お地蔵さまの祠
道中を見守るお地蔵さま

 

(みちしるべ集)

「廿六丁」と書かれた丁石
1丁=約109mとすると、あと2.8km
お手製の案内看板
お手製の看板。塗料かなにかの蓋?
お手製の矢印
分かりやすくて安心

散髪屋さんの分岐から30分ほど歩いただろうか、フェンス沿いの急な坂を登りきると、開けたコンクリート道にぽこんと出た。右側に青いトタンでできた農作業小屋?がある。ここがお宿の方が教えてくれた「帰り道のための確認ポイント・その①」だ。往路は分かりやすいが、復路になると見つけにくい分岐が二箇所あるとのことで、行きにそこで振り返って景色を覚えておくようにと、地図に蛍光ペンで印をしてくれたのだ。

言われた通りに振り返ってみると、たった今そこから出てきたはずなのに「あれ、どこから来たんだっけ?」となるほどの、なんというか「茂み」というか「穴」がそこにあった。「ふれあいの里 さかもと→」と書かれた大きめの看板もかかっているのだが、それすらも鬱蒼とした木陰が黒い影を落としていてこちら側からはよく見えない(存在を知っていて覗きにいっているから分かるという感じ)。確かに、日の傾いた午後にここに戻ってきたら道を見失うかもしれない。教えておいてもらってよかった。

フェンス沿いの急坂を登る
フェンス沿いの道を登りきると…
帰り道のための確認ポイント①
トタン小屋の前に出た(帰り道のための確認ポイント①)

「確認ポイント①」からはコンクリート道を登っていくのだが、南側の斜面が盛大に開けていて「かせ山」(多分)が輝いて見えた。ちなみに、この角度からでは横瀬富士(三角錐)は見えない。しばらく行くと古いお地蔵さまやお墓がたくさん集められている一角があり、そこに「左おくのいん(奥の院)」と刻まれた石柱を発見した。慈眼寺は別格3番霊場となっているが、20番札所・鶴林寺の奥の院でもある。そうか、昔の人は鶴林寺の奥の院としてお参りしていたのかも。だから古い道しるべもあるのだな。真偽のほどは分からないが、なんとなく得心がいった。

稼勢山を望む
おそらく稼勢山(この角度だと三角錐には見えない)
お地蔵さまと「左おくのいん」の案内
お地蔵さまと「左おくのいん」の案内(左端の石柱)

コンクリート道を5分ほど登ると広い車道(広域農道)に合流した。日が高くなってきて路面に自分の影がくっきりと映るのを見て、思わず自撮り。実はスペインを歩いている時はけっこう自分の影を撮っていた。これまでに歩いた道(「フランスの道」と「北の道」)はフランスとの国境からひたすら西へ進み続けるルートなので、太陽を背に一日中自分の影を見つめながら歩くことになる。自分の分身と対話しながら歩くようで、哲学的な何かを感じたものだった。

広域農道を5分ほど進むと脇道への分岐が出てきて、また山道になった。人里を離れてきて竹は姿を消し、杉林が続く。山頂へのラストスパートといった感じで、ふっかふかの杉の落ち葉を踏みながら基本的にはひたすら登りだった。

自分の影を撮ってみた
自撮り(笑)
広域農道から脇道へ
杉木立とへんろ札
杉木立の中を登っていく

脇道に入ってしばらく登ったところに、二階建ての立派な「お遍路さん休憩所」があった。電気や水道も来ているようで、おそらく宿泊してもよいタイプのへんろ小屋である。しかしこれはなかなかの雰囲気だ。野宿派のお遍路さんは荷物は重くなるし、夜は真っ暗闇の中ひとりで寝なければならないし、色々と肝が座っていないとできないと思う。何よりお風呂と洗濯が毎日できないのが辛い。歩き旅をしていながらそこは譲れない、へっぽこ巡礼者なのである。

お遍路さん休憩所「西山荘」
お遍路さん休憩所「西山荘」
「西山荘」内部
ちょっとだけ中を失礼

休憩所を過ぎてしばらくすると、大きな岩の塊が見えてきた。細い道がへばり付くようにしてその足元を回り込んでいる。岩を越えた先では谷川がしぶきを上げながら流れ落ちていて、あたりは清涼感に溢れていた。そういえばここまで水を飲んでなかったな、と思いあたり、プチ休憩。大岩の下をくぐって谷川に架かる橋を渡ると、ほどなく山道区間は終了となる。

9:10、休憩所から15分ほどで車道に出た。ここから1.3kmほどは車と同じアスファルト道を上っていくことになる(「昔の参道」もあるらしいが、まったく情報が出てこないので危険とみて回避)。道幅はほどほどにゆとりがあって、別格1番の大山寺に比べれば運転の心配はなさそうだ。途中で業者さんが側溝の落ち葉をさらってくれていた。巡礼中の心がけ、声に出す。「きれいにしてくださってありがとうございます」と声をかけると、もうちょっとやけぇがんばってな、と激励してくれた。

石畳の急登
雨だと滑りそうな石畳
大岩
「大岩」が出てきたら山道は終わり
車道へ合流
車道に出た(帰り道の確認ポイント②)

慈眼寺のある山は全体が石灰岩でできており、有名な「穴禅定」の洞窟も鍾乳洞にあたるもののようだ。道沿いには巨大な岩塊が岩肌を剥き出しにしている様子があちこちに見られ、そこに幾筋もの水が伝い流れていて、この山の水量の豊富さが改めて伺えた。山を流れる渓流は「関ケ谷川」というらしく、いずれは昨日渡ってきた勝浦川に合流するようだ。標高があるので桜もまだ咲いており、お寺に近づくにつれ八重桜や葉桜が沿道を彩って出迎えてくれた。車道を上ること30分弱、シンボルツリーの銀杏が見えてきて、慈眼寺に到着した。

沿道の岩肌
山というより、岩
至る所で水が滴っている
至る所で水が滴っている
黄緑色の桜
変わった色の桜を見つけた

 

【別格3番霊場・慈眼寺(じげんじ)】本尊:十一面観音

9:35、慈眼寺に到着した。今日は時間に余裕があるのでゆっくり歩いてきたこともあり、お宿からの所要時間は1時間45分ほど。慈眼寺にはいわゆる山門はないようで、階段を上っていくと2本の石柱の先に境内が開けていた。正面に見えるのが本堂、と言いたいところだが、残念、これは大師堂。慈眼寺の本堂はここからさらに坂を登ること20分の山の上にあるのだ。山がちの札所で本堂と大師堂が同じ平面上になく、どちらかが階段を上った先にある、というケースはよくあるが、こんなに離れているのはここしかないように思う。

シンボルツリーの銀杏
シンボルツリーの銀杏
別格3番霊場・慈眼寺の山門(?)と大師堂
別格3番霊場・慈眼寺の山門(?)と大師堂

まずはお清め、と思って手水舎を探したら、トイレの手前の業務用ステンレス流しのところに柄杓が置いてあってちょっと笑ってしまった。合理的。高台にある境内からは眼下に広がる山々を遠くまで見渡すことができ、鐘の音も雲ひとつない晴天に吸い込まれていくかのようだった。境内の隅には「穴禅定あなぜんじょう 行場の路幅みちはば体験場」と書かれた2枚の石板が建てられている。穴禅定の洞窟の中で一番狭い幅を体験できるというものだ。

「穴禅定」とは、かつて空海が悪い龍を封じて加持祈祷を施したという狭い鍾乳洞の中を、蝋燭の明かりだけで通り抜けていく修行のことだ。洞窟の中は細く曲がりくねっており当然ひとりでは行けないので、お先達さんに先導してもらって、最奥にいる弘法大師にお参りするのだ。これは是非受けてみたいと思い、「ふれあいの里さかもと」の宿泊予約が確定したあと、こちらにも予約をしていた。

鐘撞堂からの景色
鐘撞堂からの絶景
穴禅定の体験場
穴禅定の体験場
穴禅定の体験場(正面から)
幅は25.5 cmとのこと

予約は11:00から。十分余裕を持って着いたのでお参りの前にひと休憩することにして、ベンチとテーブルのところで昨日道の駅で買ったさつまいものおやつを食べた。しばらくすると向こうから子犬を連れたお坊さんがやってきて、ほんわかだなあ、と微笑ましい気持ちで見ていると、「穴禅定予約されてる方ですか?」と聞かれる。なんと、住職さんだった笑。住職さんとお先達さんは地元の同級生らしく、早めに来れるか聞いてみるわ〜と連絡を取ってくださった。

10:15、穴禅定の受付をしてもらった。料金は、案内料5,000円+1人につき1,000円の合計6,000円。境内にあった体験場と同じ石板(こちらは「試し柱」と書かれていた)が納経所の中にもあり、「そこの間を通って、出口の石をまたいでください」と言われる。石板と石板の間は25.5cm、洞窟内の一番狭い幅であり、これを通れないと修行させてもらえない。そして、真っ暗な中で足場の不安定な洞窟内を進むため、足さばきも試されるというわけだ。幸いテストは難なくクリアできた。

穴禅定用の白衣を借してもらい、荷物はロッカーに預ける。ロッカーは納経所(受付)から廊下を渡って大師堂を越えた先にあり、「どうぞ上がって奥へ進んでください」と軽く言われたが、ほんまに入っていいのかと腰が引けた。思いっきり大師の間の前を横切り、ロッカースペースへ。ロッカーは廊下の奥までずらーっと50個くらいあり、まさか一度に50人が穴禅定に訪れることはないだろうが(そもそも一回につき15人が上限)、有名な行場なので参拝者は全国からあるようだ。近くには「穴禅定スタンプカード 始めました!10回で粗品進呈」の張り紙が。枠は20個作られていたが、ここに20回修行に訪れるのはかなりの猛者ではないだろうか。

幸白衣観音さまの門
幸白衣観音さまの門
本堂までの道
本堂までの道

さて、もう一度納経所に戻ってロッカーの鍵を預けたら、いざ本堂へ向かう。お先達さんが来られる前に本堂でのお参りを済ませておこう。山谷袋に最低限のお参りグッズだけを入れた状態で、「本堂」と書かれたみちしるべの差し示す方へと歩きだした。ほどなく「穴禅定・本堂へ500m、歩いて20分」と書かれた看板が出てきて、その先のしあわせ観音さまの門をくぐった所から道の角度がぐっと上がる。

ネット情報では「大変な坂道を登る」「何度も休憩した」などと書かれていたので恐れおののいていたが、確かに傾斜は厳しいものの、さっきまで登ってきた山道に比べれば舗装されているし葉っぱもないし、歩きやすいと感じてしまう謎。ここはミニ四国八十八箇所にもなっているようで、小さな仏さまがたくさん出迎えてくれた。途中でちょっとした展望所になっているところもあり、景色も楽しめる。

道中のミニ八十八箇所
ミニ八十八箇所
展望スペース
途中の展望スペース

観音さまから10分ほどで本堂に到着した。何故だろう、いつも登りは亀ペースなのに、今日はなんだか拍子抜けするほどあっさりと登ってこれた。荷物が軽いからだろうか。本堂の右手には弁天さまの池があり、その赤い橋に目を引かれて視線をそちらに向けたところで、背後にある巨大な岩陰に文字通り仰天する。そこには高さも幅も50mを越すであろうかという岩が聳え立っていた。こ、これが、穴禅定の修行場か…。

岩場も気になるが、まずはご本尊にお参りだ。本堂の周りを時計回りに3回廻ると眼病にご利益があるとの説明があったので、もちろん廻る。老眼と飛蚊症が悪化しませんように…。行場の入口付近に休憩所兼荷物置き場があったので、そこのカゴに山谷袋を入れ、借してもらった白衣に着替えた。穴禅定には身ひとつで行くことになる。下のロッカーと違ってこちらの休憩所には鍵もなにもないので迷ったが、スマホも置いていくことにした。洞窟の中で落としてしまったら一生取り戻せないだろうし、ここはデジタルデトックスして五感で修行に集中しよう。お賽銭、蝋燭、納め札だけを白衣のポケットに入れて、あたりを探索しながらお先達さんを待った。

本堂とその横に聳える岩山
本堂とその脇に聳える岩山
慈眼寺本堂
慈眼寺本堂

しばらくすると、小柄な女性が本堂への道を登ってきた。今日お世話になるお先達さんだ。先入観というかイメージでご高齢の男性を想像していたのだが、意外にもちょっとだけ年上のお姉さんだった。きっと何度もここへ来られているだろうが、やはりたどり着いてしばらくは弾む息を整えておられた。お先達さんも大変だな…

ご挨拶をして、いよいよ「穴禅定」開始である。まずは長い長い階段を登って行場の入口へと登っていくのだが、シースルーの急階段なので、ウッカリ下を見てはいけない系だ。今の階段は数年前に新しく設置されたそうで、それまではもっと険しい岩場と頼りなげな階段を登らなければならなかったらしい。入口に着いたら、灯り用の蝋燭の扱いについてレクチャー。片手に持って進行方向を照らし、横にすると早く燃えてしまうので、立てて持つ(蝋が垂れてくるのではとどきどきしたが、意外にもそんなことはなかった)。ふむふむ。

入口からは、すでに「…通れるのか?」という岩の裂け目が見えていた。ここからお大師さまが待つ最奥のほらまでの道のりをお先達さんの掛け声に従って進んでいくのだが、これがなかなかのアクロバティック立体パズル状態だった。体を斜めにしたり、スライドさせたり、くぐったり、ハイハイしたり、ほとんどが体を横向きにしていないと通れない幅で、お先達さんの言うとおりの体勢を取らないと抜けられない。姿勢を取る順番も大事で(肩を斜め横にした状態で斜め下にスライドするとか)、まるで知恵の輪か、寄木細工のからくり箱みたいだ。なるほど、これは体の幅だけでなく足さばきは重要だ。あまりに長身でも隙間が足りなくなるかもしれない。実際、つっかえてしまって前にも後ろにも行けず大変なことになってしまう例もやはりあるようだ。

洞窟内の壁はひんやりとしていたが、水が伝っているというようなことはなく、さらりとしていた(雨の後などは違うのかもしれない)。後ろはどうなっているんだろう、とふと思って振り返ってみると、肩のすぐそこまで圧倒的な闇が迫っていた。当然だ、光源はお先達さんと自分の持つ、2本の蝋燭しかないのだ。付いていくのに必死になっているうちに、蝋燭の先が岩壁に触れて火が消えてしまった。「あっ?消えた!」と思わず声が出ると、サッと自分の蝋燭と交換してくれる。さ、さすが…。この道の行き方を覚えて案内できるようになるまで、どのくらいかかるのだろう。

休憩小屋と穴禅定への階段
休憩小屋の後ろに行場への階段(シースルー)がある
岩場の足元の祭壇
岩場の足下にも祭壇が

途中で少し広い空間になっているところがあり、そこでいったん体を伸ばして休憩である。ここには青年空海が封じ込めた悪龍の姿があるといい、お先達さんが蝋燭の灯りを天井に近づけると、鍾乳洞の壁が龍の胴体や牙、爪や尻尾のように浮かび上がって見えた。鍾乳石が作り上げた天然の阿弥陀像などもあり、幽玄世界に迷い込んだようだ。

そこからまたしばらく人間知恵の輪みたいになりながら進んで、ようやく最奥の空間にたどりついた。無我夢中で、もはやどうやって来たのやら。この洞窟は弘法大師の霊験によって発見されたとされているが、よくこの通り道と洞が分かったものだ。「わずか100mほどの長さ」と書かれていたが、十分である。洞窟の奥は人が10人くらい?は立てそうな広さがあり、天井も高く天然の祭壇のようになっていて、少し見上げるような高さのところに弘法大師の坐像が彫り込まれていた。大師の前には円形の燭台があり(シャンパンタワーみたいなやつ)、そこに献灯用に持ってきた蝋燭を捧げてお先達さんと一緒に般若心経を奉納する(いつも「勤行次第」を見ながら唱えるのでちょっと飛んでしまった)。

お参りが終わったので、さっそく引き返すのかな、と思っていたら、お先達さんはおもむろに「ここ座り」とぽんぽんと地面を叩いて手招きしてくれた。引き寄せられるようにその前にかがみ込むと、どうしてここに来たのか?これからどうしていきたい?そんなことを聞いてくれた。普段あまりこういうことはないのかもしれないが、参加者がひとりなので時間に余裕があったからか、それとも私が仕事を辞めて2年もふわふわしているのを見抜かれたのだろうか。一言一句の細かい言葉はもはや朧げになってしまったが、健康と笑顔を取り戻したいと思って取った行動は決して間違っていなかったと思わせてくれた。広場の隅っこでふたり膝を抱えてのひそひそ話。聞いているのは、お大師さまだけ。蝋燭の炎が時々大きく揺れて、ほんとにここはこの世とあの世の境目かもしれないと思った。まるで永遠か、と思われる時間がそこにあった。

帰り道は終わってほしくないような、長いような短いような、不思議な感覚だった。同じ道でも行きとは「寄木細工」の順番が違うので、灯りと体の動きに集中しているうちに一種の瞑想状態のようになっていたのかもしれない。帰り道では一箇所だけ行きとルートが異なり、最後に「胎内くぐり」の道を通る。産道のような狭い穴の中を腹ばい状態でくぐり抜け、じきに出口が見えてきて外に出ると、眩しい光とともに新緑に洗われた空気が一気に肺に入ってきた。うおー、新鮮!そしてお日さまがあったかい…ほわぁ…。まさしく今新しく生まれ直したような、清々しい感覚だ。これはリピーターがいるのも納得。

木漏れ日
陽の暖かさを噛み締める
改めて行場を見上げる
改めて見上げる行場(あの中にいた、はず)
幸観音さまの背中
夢時間の終わり…

時刻は正午前。穴禅定は1時間と少しくらいだったようだ。お先達さんと一緒に境内まで下りてきて、修行は終了となった。灯りのために持っていた蝋燭はいただけるとのことで、巡礼中のお守りにすることにした。入れ替わりで男性のお遍路さんが穴禅定に入っていく。岡山から来られており、四国遍路は15巡目で今回は逆打ちとのこと。あのスタンプが貯まっている猛者とお見受けする。

最後に大師堂へのお参りをして(ロッカーに行く時にもっと近くで拝顔したけど笑)、納経をしてもらった。慈眼寺で忘れてはいけないのが念珠玉の「親玉」をゲットすることだ。別格二十霊場の念珠を仕立ててもらう時にこれが必要になる。親玉の授与は輪番制で、今はここ慈眼寺のターンである。メグスリノキエキス入り、眼に良い「め」印の飴(眼蘇めいきる生飴なまあめ)もいただいた。

お参りと修行を無事終えてすっかりお腹が空いたので、境内のベンチコーナーでお昼ごはんを食べることにした。お宿で作ってもらったおにぎりセットをほおばる。お先達さんがくれたおやつももりもり。昼下がり、お参りにちょうどよい時間帯というのもあってか、何組か参拝客があった。もちろん車でのお参りで、ここまで歩いてくるという酔狂はあまりいないようだ。何気なく視線を上げると、大師堂の向こうにさっき修行をした行場が見えた。

大師堂と行場
大師堂の背後に穴禅定の岩壁が見えた
おやつ
道の駅で買っておいたおやつ
授与品たち
授与品もろもろ

神戸から来ているというチャキチャキマダムが声をかけてくれた。別格霊場をひとりで巡っているとのことで、78歳にはとても見えない若々しさだ。しばらくお話したあと、別れ際にこれでなんか食べて力つけや、と千円札をくれた。これまで食べ物や飲み物をお接待してもらったことは何回かあったのだが、現金をいただいたのは初めてでビックリ。しかしお接待を断るのは失礼にあたるので、驚きつつもありがたく受け取る。マダムのくれた言葉に嬉しいフレーズがあった。「幸せそうな顔してるね」と。それを願って、「安定した職」を辞めるという決断をしたのだった。

 
穴禅定の奥の間での語らいと、この言葉の贈り物。慈眼寺でのできごとは、このあとの四国遍路中、何度も何度も思い出す、心に深く残るものとなった。
 

灌頂ヶ滝(かんじょうがたき)

13:20、慈眼寺を出発した。せっかく時間があるので、少し足を伸ばして近くの「灌頂ヶ滝かんじょうがたき」に寄っていくつもりだ。道沿いに咲いていた変わった色の八重桜を写真に撮っていると、先ほどのマダムの車が後ろからやってきた。手を振って見送る。続いて穴禅定のお遍路さんも通り過ぎていき、声をかけてくれる。四国という土地は優しい。行きは上るのに必死だったが帰りは周りを眺める余裕ができ、満開の八重桜を楽しみながら朝来た道を下っていった。

30分ほどで、行きに山道から車道へ上がってきたところまで戻ってきた。お宿へ帰る「確認ポイント②」だ。灌頂ヶ滝に行くため、いったんそこを通り過ぎてさらに車道を下っていく。途中に「拝所」と書かれた看板とお地蔵さまがあり、ここから対岸に灌頂ヶ滝が望めると書かれていたので振り返ってみたが、木が生い茂っていて滝の姿は見えなかった。「確認ポイント」から滝までは20分ほど下ることになり、帰りはこれを上るのか…とちょっとだけゲンナリする。(余談だが、前述の「慈眼寺・旧参道」はこのお地蔵さまの背後から登っていくらしい。)

拝所のお地蔵さま
拝所のお地蔵さま
八重桜
鶯も鳴く春の陽気
沿道の滝
道沿いにも滝が(最初これが灌頂ヶ滝かと思った)

14:10、お地蔵さまから15分ほどで灌頂ヶ滝の入口に着いた。第一声は「おわぉーーーー…」

 

道沿いに建つ大きな「潅頂之瀧」の石碑、その横からは切り立った岩壁に向かってまっすぐな階段が伸びていた。上の方は吸い込まれるように森の中に消えていてどうなっているのか見えない。そういえば、さっきお地蔵さまのところから滝の方を見た時、木々の梢の上に断崖の先っちょが少しだけ顔を覗かせていた。あれが滝のてっぺんだったのか…。

ここまで来たら行くしかない、と階段に足をかける。滝への参道ということで、道中には龍神さまの祠や蛇を祀った祠、不動明王が次々と現れる。途中で滝壺の方へ下りていく階段があり、そこから滝を見上げると岩肌全体を覆うように水が伝い流れている様子が見えてきた。地元の人が口を揃えて「今は水が少ないからねえ」と言う通り、細い糸のような水が途中で霧になって表面をふわっと漂うような感じだったが、それがヴェールのように見えてきれいだった。

灌頂ヶ滝の階段
口があいた(笑)
龍神さまの祠
龍神さまの祠
滝の下から見上げた様子
岩肌全体を水煙が覆っていた

灌頂ヶ滝は落差が70mにもなり、空海がここで滝行をしたという伝説からその名が付けられたと言われている。晴れた日の午前中には光の加減で虹が見えるため「旭の滝」とも呼ばれ、滝壺に虹の架かるさまを人々は「不動の来迎」というのだそうだ。目を瞑ってみると、さらさらと水が舞い落ちる音が聞こえた。この壮大な空間をまるまる貸し切りの贅沢を噛み締める。

むすびみよ 浮き世の塵の 色もなき 心とさらす 滝の白糸(徹道和尚)

さらに登っていくと階段は右に折れ、荒々しい岩肌が覆いかぶさるように迫ってくる。岩がせり出したその下、滝を裏から見るような窪みに赤い炎をまとった不動明王が祀られていた。周囲は少し開けていて丸太なども置いてあり休憩スペースになっているが、滝のしぶきがけっこう降ってくる。今はちょっと冷たいが、夏は天然のミストシャワーで気持ちいいかもしれない。さらにもう少し上にお堂があって、それが本堂のようだった。一応手すりが付けられているが、えーとこれはロッククライミングかな?

14:25、階段とも岩場ともいえない斜面をよじ登り、頂上のお堂にたどりついた。小さなお堂の奥には木彫りの不動明王像が。このお不動さまは平安時代後期に活躍し、真言宗の中興の祖ともいわれる「覚鑁上人かくばんしょうにん興教大師こうぎょうだいし)」の作とも伝わる貴重な仏像だそうだ。香炉があったのでお線香をあげてお参りをし、改めて本堂から滝の方を見下ろすと…、なんと虹が見えた!午後だから見られないものと思っていたのに、水煙のヴェールの動きに合わせて、ゆらゆら、ふわふわ踊っているみたいだ。お不動さまが「よう来たな」と言ってくれているようで、なんだか嬉しくなった。

滝の下のお不動さま
滝の下のお不動さま
ロッククライミングな本堂への道
岩場をよじ登って本堂へ
滝壺を見下ろすと虹が見えた
本堂から滝壺を見下ろしたら、うっすらと虹が!

しばし虹のダンスと滝ミストのマイナスイオンを堪能してから、再び入口に向けて階段を下りていく。下りのほうが膝にくるし、傾斜も急に見えて心臓がキュッとなる。よくここを登ってこれたな、と我ながら感心しつつ、車道に降り立った。
 

お宿に帰還!

14:45、灌頂ヶ滝を出発した。ここから車道を下り続けて「雄淵・雌淵」と呼ばれる滝を経由する道もあるらしいが、ずっと舗装路なうえ距離も少し長そうなので、「確認ポイント②」まで戻って行きと同じ山道を戻ることにした。さっき下ってきた坂道を分岐まで上り返す。途中で遊歩道のような看板を見つけた(行きは気づかなかった)。苔むして字がほとんど見えないが、「上勝町いやしのみち 県道(歩道)」と書かれている。看板しかり、その道?っぽいものもなかなかの雰囲気を醸しだしている。この道、生きてるのだろうか?くわばら…と思いつつ通り過ぎた。

荒れた様子の「上勝町いやしのみち」
上勝町いやしのみち(癒やされるだろうか?どきどき…)
山道への分岐
お宿へ戻る分岐(確認ポイント②、灌頂ヶ滝側から)

15:00ちょうど、「さかもと」への分岐(確認ポイント②)に戻ってきた。ここから先は行きと全く同じ道、すなわちずーっと下りである。けっこう傾斜があるので、膝注意報を発令して慎重に下りていくことにする。見渡す景色は相変わらずの絶景だ。お宿の方の助言のおかげで「確認ポイント①」も無事クリアして、16:00に散髪屋さんの分岐に戻ってくることができた。 

眼下の山を見渡す
超絶景♪
確認ポイント①
分岐ポイント①(帰り道)生存本能と逆を選ぶ、歩き遍路あるある

お宿に戻る前に、その隣にあった「坂本八幡神社」に寄ってみることにした。山奥の鎮守社なのでひっそりしているのかと思いきや、手水や絵馬掛け、休憩所?などが赤を基調とした飾りでかわいく装飾されていて、とても華やかな雰囲気だ。この神社は道の駅「ひなの里かつうら」の「ビッグひな祭り」に合わせた「さかもとおひな巡り」のメイン会場でもあるらしく、長い階段にずらっとお雛様が並べられた壮観な様子が名物のようで検索するとかわいい写真がいっぱい出てきた。勝浦町は地域全体でふるさとを盛り上げようという雰囲気がとてもよく伝わってくる。

坂本八幡神社 本殿
坂本八幡神社
赤い前掛けの狛犬
狛犬ちゃんもおめかし
連なる鳥居
鳥居が幾重にも連なっている

16:15、お宿に戻った。今日は暖かい日差しのなか、のんびりゆっくりお参りを満喫できて大満足だ。

お風呂は17時頃からとのことだったので、それまでの時間を活用してもう少しお宿の予約を進めておくことにした。今朝も1軒予約したところだが、ここから先は焼山寺を登れてからにしよう、と事前の予約はこの「さかもと」(と穴禅定)までにしていたので、今のところ3日先までしか余裕がない。「宿に着いたら翌日の宿を予約する」というスタイルの強者もいるらしいが、ビビリの自分は5〜7日先くらいまでは泊まるところの心配を払拭しておきたいので、しばらくはせっせとお宿アタックを進めることにする。

ドキドキしながらお目当てのお宿に電話をかけてみた。高知のお宿は電話受付のタイプが多く、何時頃ならお宿の人にとって都合がよいのか、あれこれ想像を巡らせつつ時間帯を考えるのだが悩ましい(いまは食事の提供どきかな?チェックアウト終わって掃除中かな?昼の間は休みたいよね。チェックイン時間帯はバタバタだろうな…とか考えていると、もはやいつがベストなのか分からない)。幸い2軒続けてすぐに電話はつながり、無事予約を取ることができた(4/21まるたや、4/22ロッジ尾崎)。ヤッター \(^o^)/ これで5日先までは安泰だ。あとはただひたすら歩けばよい。

お風呂と洗濯を済ませて、18:00過ぎに夕ごはん♪と食堂に下りてみて驚いた。なんとお膳の用意がひとり分しかない。厨房からおばちゃんが出てきて、「ごめんね、びっくりした?今日はおひとりなのよ」と。先週までは連日ほぼ満員で、この後もけっこう予約が入っているそうなのだが(予約する時に「相部屋になってもよいか」と確認されたくらいだった)、蓋を開けてみれば今日だけ謎の谷間になったようだった。おおお、私ひとりのためにあんなに大きなお風呂を沸かしてもらって申し訳ない…

夕ごはん
今日の夕ごはん
部屋から見る宵闇
部屋から見る宵闇

夕ごはんのあとフロントで宿泊の精算をしてもらい、部屋に戻った。今日はこれから3階の大広間で地域の集会があるという。実際、ほどなくコミュニティバスが玄関に到着して、ぞくぞくと地元の方々が集結してきた。うるさいかも…とお宿の方は言っていたが、むしろありがたかった。この巨大な施設にひとりは寂しすぎる。しばらくすると会議が終わって宴会のターンに入ったのか、廊下を伝って楽しげな声が聞こえてきて、なんかいいなあ、と和む。統合で小学校は閉まってしまったけれど、お宿にランチ、日帰り温泉、そして地域の集まりとしっかり活用されていて、建物が生きている感じがした。

せっかく沸かしてもらったのでもう一度お風呂に入って、脚をメンテした。明日は「へんろ転がし」だというのにいよいよ膝がだるいので、ネットで検索して素人テーピングを施してみる。こんなこともあろうかと100均のサポートテープを準備していたのだ。しかし重量を気にして選んだので幅が細すぎたらしく、あまり支えられている感は得られなかった。まあ、ないよりはマシ…か?改めてよく脚を見てみると、左膝には地蔵越でコケた時のかさぶたができていた。笑

集会は3時間ほどでお開きになったようだった。部屋の下が玄関なので、みんながまたバスに乗り込んでいく様子が見える。例によって写真のデータをクラウドにアップロードしながら眠りについた。目を瞑ると、蝋燭の灯りにゆらめく弘法大師の姿が瞼の裏に浮かんでくる。しんと静まり返った山あいの里に、ホー、ホッホー、とフクロウの鳴く声が響いていた。

 

 

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※とてもとても残念なことだが、「ふれあいの里さかもと」さんは2025.9.30をもって惜しまれつつも営業を終了された。これに伴いマラソンなどのイベントも今年が最後となったようだ。せっかく「学生証」をもらったのにな…。スタンプがふたつだけ押されたそれが記念品になった。

(「ふれあいの里さかもと」ギャラリー)

「ふれあいの里さかもと」全景
全景
「ふれあいの里さかもと」正面玄関
正面玄関
「ふれあいの里さかもと」エントランス
エントランス
「ふれあいの里さかもと」ロビー
ロビー
「ふれあいの里さかもと」食堂
食堂
「ふれあいの里さかもと」ゆこうの間
「ゆこう」の間

  

  

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